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“KINEYA”は約60年以上も前に、カメラ・ショップとして京都市内中心部に誕生し、ニ代にわたりインポートとアンティーク・カメラの販売とメンテナンスを生業としていました。
ニ代目の店主、私、奥居正敏は、学生時代から楽しんでいたフライフィッシングのタックル、特にアメリカン・ヴィンテージ・バンブーロッドやアンティ−ク・リールに興味を持ち、1985年頃からアンティーク・カメラとヴィンテージ・フライタックルを店頭に並べ始めたのが、KINEYAとフライフィッシングとのかかわりの最初です。
当時は日本国内にヴィンテージ・タックルを扱う専門のショップなどほとんどなく、まして、アメリカの本格的なヴィンテージ・タックルのオークションに参加している日本人は皆無でした。やがてつり人社刊のフライフィッシャー誌創刊初期に、アメリカでのオークションの風景と参加方法を記事にしたことなども一つの要因となり、多くの人が素晴らしい作品群に触れる機会が増した反面 、心ならずも、H. L. LEONARD や PAYNE といった有名ブランドのタックルが高騰すると共に、アメリカのフライフィッシング文化の国外流出が急加速しました。
彼国のフライフィッシング文化人たちに、「うみさちひこ(海幸彦/古事記に登場する日本人で初めて釣りをしたという人)」の神代にまで遡ることのできる日本の釣り文化の奥深さをお披露目しよう、と大きな荷物を担ぎ、やたら広い国のひたすらお気楽な田舎町へ出かけるのが楽しくてたまらなくなりました。それは、テーブルショウを通 して異文化の人々と直接話しをすることで、より一層文化の違いというものが目に見えてきて、どちらが優れている、劣っているという次元ではなく、日本のフライフィッシング文化に私自身が誇りを持ち始めることができたからでしょう。
―――やがて、天高く馬肥ゆる秋のある日、「まさしく今、現代の文明を利し、文化を創造するべし!」と突如思い上がり、家族親戚 友人に多大な迷惑を及ぼすに至る一歩を迷わず踏み出すハメとなったのです・・・・・。
1992年より気ままにフライリールを製作する副業を始め、1998年には、凝りが嵩じてカメラ&タックルショップを一方的に廃業し、フライタックルの生産にのめりこみ、1999年までに20機種あまりの製品を製作いたしました。
2000年4月からは、KINEYA ブランドによるフライ用品の製造卸販売のみを専業として、高品質で個性的なフライフィッシング・タックルを皆様にお届けしています。少数精鋭(3人)の当社では 最新の製作機械をデザイナーである小生自身が操作し、細かな部品に至るまですべてのパーツを自社生産することにより、高次元での品質の安定性を確保しつつ、また、他社に真似のできない独特の個性を表現しています。
美しい自然、澄み切った川の流れ、自然が生み出した芸術である鱒や鮭、それらとともに溶け合う優美なデザイン。
フライフィッシング・タックルこそが表現し得るもの、それを私達KINEYAは追求してやみません。
奥居 正敏
KINEYA TACKLE MAKER
KINEYA's HISTORY PHOTO ALBUM
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